最近ふと某人気大御所声優のお話を耳にしたり、レコーディング現場の人の話を聞いたりして思ったことを書きます。
内容はタイトルの通りなのだが、一般的なコンデンサマイクを正しい用法の上でめちゃくちゃでかい声を入力して壊れるということはほぼほぼあり得ません。
最大SPL(音圧レベル)は結構余裕がある
設計者からの目線でもあり得ないということを聞いていますが、そもそもマイクにはS.P.Lという指標があるのをご存じでしょうか。
S.P.L = Sound Pressure Level つまり入力音圧の英語表記なのですが、一般的なコンデンサマイクの最大SPLというのは130~140 dB程度であり、それより大きな音は歪んでしまうというような指標です。
この指標は計測対象のマイクに入力する音を大きくしていき、歪みが特定のレベルになればその数値を最大S.P.Lとするというものです。
一般的に大きすぎる音を入力して破損する原因はダイアフラムの変形が主なものとなりますが、計測上の最大S.P.Lはあくまで歪み始める段階です。その歪み具合も1%程度のことが多く、破損するまでにはまだまだマージン、つまり余裕があるということです。
ここで、人の出せる声量は大きくてどれくらいなのかというものがありますが、現在ギネス記録として残っているのが120dBです。
計測方法が不明瞭なので何とも言いにくい部分もありますが、距離の減衰などを加味してもマイク前でせいぜい130dB程度が限度というとこでしょうか。
というか、そんな音出してたら自分の鼓膜のほうが先にぶっ壊れます。
ここで、市販のコンデンサマイクを例に見てみましょう。
それぞれの製品の公式ページから引用しておりますが、その最大入力音圧レベル、もしくは最大SPLという項目を見ていただきます。
audio-technica AT-2020
audio-technica AT-4040
TASCAM TM-80
TASCAM TM-180
大手のコンデンサマイクの使用を見てもこれくらいの設計となっております。
もちろん、アカデミックレベルに環境を統一しているわけではないので参考程度になりますが、声量がいかに大きくともそれでダイアフラムがゆがむということはありえないといっていいでしょう。
ではなぜ収録中にマイクが不調になったのか
では、なぜ某有名声優が収録しているときにマイクの不調が起きたのかという話になりますが、正直憶測レベルなので何とも言えません。
しかし、可能性はいくらかあげられます。
原因の前に、そもそもコンデンサマイクは湿気や衝撃に弱いといわれています。
これは構造上の事実ですが、これを拡大解釈している人があまりにも多い印象です。
まず、湿気に関しては結露などが起こるような急な温度変化などが原因で故障しますからそういう意味で使用する環境や保管する環境を整備しなければいけません。
また、衝撃に弱いというのはダイアフラムがどれだけ薄い金属なのかということを知れば当然の話で、直接的な衝撃がダイアフラムに伝わってダイアフラムが歪むとマイクが故障したといわれるようになります。
あくまでもこのような特性があるゆえに慎重に扱えというわけで、必要以上に目くじらを立てている人はマイクに詳しくないど素人ということですね。
さて、コンデンサマイクの特性を知ったうえで某人気声優のレコーディング現場を想定してみますと、湿度による故障はすこし考えにくいです。
声を当て続けることによる湿度の増加なども可能性として0ではないですが、その程度であれば基本的には問題ありません。
では、衝撃を与えたということはありえないのかというと、その可能性は少しだけ大きくなります。
というのも、某人気声優の武勇伝は大抵が戦闘シーンの収録だからです。
また、その武勇伝というか逸話というか伝聞されている内容は「戦闘シーンで張り切りすぎてマイクを壊した」という言い方をされているものが多く、音圧で壊したといってはいません。
であれば、テンションが上がりすぎて体の一部がマイクスタンドに当たりマイクを倒して壊した、という可能性もなくはないでしょう。
しかし、森川智之氏などの話だと「鍛えられた腹筋と声により…」といった表現をされることが多く、この場合だとマイクに直接的衝撃を与えたとは思えません。
こうなってくると可能性として残っているのが、そもそもマイクの調子が悪かったということです。
マイクの設計や修理をやる人であれば感覚的にどれだけコンデンサマイクの回路が精密なものなのかはよくわかるでしょう。
マイクというのは非常に精密なはんだ付けなどをして作られています。ですが、大量のマイクを生産していればはんだ付けが甘いものは必ず出てきます。
ですが、こういった不良品がすべて最初から不良品として不調になることはありません。
なぜなら、出荷時のテストではうまく動いているのでそのテストは少なくともクリアしてユーザーの手元へ届くわけです。
この甘い半田などは使っていくうちにクラックが入ったり熱による変形により徐々に不調となっていき、ある一定の段階で急に動かなくなるものなのです。
また、レコーディングをやるまでにはマイクのセッティングを行っていきます。セッティングなどでマイクを動かしたりしていけば少しずつ摩耗なども起こります。
何より、コンデンサマイクはその性質上ファンタム電源というものに接続されています。
これは48Vなどの電位差を与えるために必要ですが、その電源供給元であるミキサーなども非常に複座くな回路を組まれており、急に高い電圧がマイクにながれたりする可能性も十分にあり得ます。
それこそ、我々がよく経験するパチッとする静電気一つで回路というのはぶっ壊れます。
そして、コンデンサマイクの名前の元であるコンデンサもその回路の一部です。
何かの拍子にショートして電位差がなくなり、音が拾えなくなるというのは十分に考えられるでしょう。
湿気による不調などがまさにこれですね。
この辺はコンデンサの仕組みを知っていればすぐわかりますが、コンデンサは電極間がギリギリ接触しないように隙間を与えており、その隙間に水分があれば簡単にショートします。
このような要因が重なりマイクが不調になる可能性のほうが、声量による故障の可能性よりも何倍も高いということは言うまでもないかと思います。
5chなどの掲示板で「あの声優はこんな逸話があるんだぜ~」と盛り上がるのは自由ですが、あくまで都市伝説程度に受け取るようにしないと恥ずかしいです。
また、マイクを取り扱うプロフェッショナルがこの話を信じたりしようものなら位置から勉強しなおしたほうがいいレベルで恥ずかしいでしょう。
じゃあ音が割れているのはなんで?
たまに大きい音を出しすぎると音が割れるからそれを続けたら壊れるという人がいますが、それも半分は間違いです。
もちろん、高い音圧を与えすぎるとそれが発熱の原因となりマイクの電極が膨張するということはありえます。しかし、そんな状況は声優のレコーディング現場だとほぼありえないでしょう。
そもそも、音が割れる原因にはマイクの最大SPLオーバーよりも、ミキサー側のクリッピングによる原因のほうが大きいです。
基本的にはこの辺はPAさんがうまく調整してくれるものですが、慣れていないとゲインを上げすぎてしまっていたり、入力はクリッピングされていなくてもマスターボリュームを上げすぎてスピーカー側で割れてしまったりということはありえます。
そういう時のためにコンプレッサーなどがあるのですが、素人が知る由もありません。
割れないように録音したいなら、32bit floatに対応した機材を使うのが手っ取り早いですが、そうでなければS/N比が大きくなるレベルでその時々でゲインを調整するしかありません。
ですが、マイクが原因で音割れする状況はほぼないのでそこをしっかり押さえておいてください。
普通の人の声であればどれだけ叫ぼうが、セッティングが適切であれば音は割れません。
音が割れるのはセッティングが不適切だから、ということです。(もちろん、PAとのコミュニケーションも大切ですので声優側がセッティングしやすいように音量を調整することは必要ですよ。)
結論
ということで、レコーディング中にマイクが壊れることは十分にあり得るが、声が大きすぎてコンデンサマイクが壊れるというのはありえないということでした。
というか、そんな簡単にコンデンサマイクが壊れるならドラムのレコーディングなんか何本マイクを用意していても足りないよね…
↓参考
コメント